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東京高等裁判所 昭和58年(行コ)83号 判決 1985年3月25日

控訴人

伊藤和久

被控訴人

浜松労働基準監督署長

森川昇

右指定代理人

井上経敏

外五名

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人に対し昭和五二年二月一日付でなした労働者災害補償保険不支給決定のうち昭和五〇年四月一三日から同月二一日までに係る部分を取り消す。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が株式会社雪島鉄工所にレッカー車の運転手として雇用されていたこと、昭和五〇年四月八日島田市元島田九五三〇番地島田青果市場新築工事現場において右会社のトラック運転手中村清明が控訴人に対してスパナで控訴人の左肩部を殴打する暴行を加え、よつて控訴人は左上背部打撲傷、左膝部打撲擦過創、左前胸部、項部挫傷の傷害を受けたこと、右傷害は控訴人が右会社の指示によりレッカー車の運転手として中村の運搬した積荷を降ろす作業に従事している際に受けたものであること、控訴人は同年九月二二日被控訴人に対し同年四月九日から同月二一日までの一三日間の休業補償給付の請求をしたところ、被控訴人は昭和五二年二月一日付で控訴人に対し本件負傷は業務上の災害とは認められないとの理由で不支給とする旨の決定をしたこと、控訴人はこれを不服として法定期間内に労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、昭和五三年三月三〇日右審査請求を棄却する旨の決定がなされたこと、そこで控訴人は更に法定期間内に労働保険審査会に再審査請求をしたが、昭和五四年四月二八日右再審査請求を棄却する旨の裁決がなされたことは、当事者間に争いがない。

二ところで、労働者災害補償保険法第七条一項第一号、第一二条の八第一項第二号、第一四条第一項によれば、休業補償給付は、労働者が業務上の負傷による療養のため労働することができない場合に支給されるところ、ここに「業務上の負傷による」とは、それが業務遂行中に(業務遂行性)、かつ、業務に起因して(業務起因性)発生したものであることをいい、そして、業務起因性とは業務と負傷との間に経験法則に照らして認められるところの客観的因果関係(相当因果関係)が存在することをいうものと解される。したがつて、一般に就業場所で業務の遂行中に生じた負傷は、原則として業務起因性が認められるものというべきである。

控訴人は、控訴人の負傷が就業場所で業務の遂行中に控訴人のクレーン車の操作に不満を持つた中村の一方的な暴力により生じたもので、いわゆる私的行為によるものではなく、したがつて、控訴人の負傷には業務遂行性及び業務起因性があるにもかかわらず、被控訴人は、業務起因性の存在を争い、控訴人に対し本件労働者災害補償保険不支給決定をしたが、右決定は違法であると主張し、これに対し、被控訴人は、控訴人の負傷は控訴人の私的挑発行為によつて生じたもので、右決定は適法であると主張するので、次に検討する。

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

控訴人は、株式会社雪島鉄工所のレッカー車の運転手として、昭和五〇年四月八日同会社の指示を受け、レッカー車を運転して、同日午前一〇時ころ島田青果市場新築工事現場に赴き、同現場において同僚の中村清明がトラックにより運搬してきた鉄骨を中村とともに地上に降ろす作業に従事することになつた。当日は雨天であり、右作業に従事したのは控訴人と中村の二人だけで、中村はトラックの荷台に積載されていた鉄骨の上に乗り、ワイヤーロープによる鉄骨の玉掛け作業に、控訴人はレッカー車のクレーンの操作にそれぞれ従事したが、作業を始めてから一〇分位経過したころ、中村が鉄骨に掛けたワイヤーロープのたるみを直すために控訴人がウインチを僅かに巻いたはずみで、中村は、危うくトラックから落ちそうになつたので、控訴人の右処置に憤激し、クレーンの運転席めがけて鉄製の角当てを投げつけ、手に鉄パイプを所持して、トラックから飛び降り、クレーンの運転席の前に来て、控訴人に対し殴りかかる姿勢を示した。控訴人は、中村の発言が聞こえず、なぜ怒つているのか、理解できなかつたが、危険を感じ、現場監督の安田源司が中村を止めに入つた隙に、クレーンの運転席から降りて、難を避けた。その後、中村がトラックの荷台の上に戻つたので、控訴人は、いつまでこうしていては仕事ができないので、右地点から中村に対し「話を聞くから、こつちへ来い。」と大声で怒鳴つたが、中村は、これに応じなかつた。そこで、控訴人は、トラックの下まで来て、中村に対し「どうして怒つているんだ。」と聞いたところ、中村は、「合図をせんのに、なぜ巻いた。」というので、控訴人は、「自分は巻いてない。たるみを直しただけだ。玉掛けの合図がわからん。合図を待つていた。」と答えたところ、この答弁に憤激した中村は、スパナを二つ手に持つて、トラックの荷台から飛び降りたので、危険を感じた控訴人は、五、六メートル余り逃げ、止めに入つた安田を中にして、中村と相対じしたが、短気な中村は、安田の止めるのを振り切つて、控訴人をスパナで殴りつけ、控訴人に対し前記傷害を与えた。なお、両者間に私怨関係は存しない。

右認定に反する<証拠>は、前掲各証拠に照らしたやすく措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人の負傷は、鉄骨の積み降ろし作業につき、控訴人と中村との間の意思疎通を欠いたことに起因し、かつ、自己を正しいと信ずる控訴人は、中村の憤激の理由を聞きただし、これを解消しなければ、その作業の性質上、事後の作業を進めることができないわけであり、中村の控訴人に対する憤激は、いわばクレーンによる鉄骨の積み降ろし作業に内在する危険から生じたものと認められ、更に一連の事件は、たかだか数分程度以内のものと推認され、被控訴人の主張するように、争いが一旦おさまつた後、控訴人の私的挑発行為により生じたものとは認めることはできないから、控訴人の負傷には業務遂行性及び業務起因性があるものと解するのが相当である。

そして、労働者災害補償保険法第一四条第一項によれば、休業補償給付は、労働者が業務上の負傷による療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第四日目から支給されることになつており、かつ、それは雇傭契約上賃金請求権を有する日であると否とを問わないと解されるところ、<証拠>によれば、控訴人は、負傷の翌日である昭和五〇年四月九日については、有給休暇の取扱いを受け、賃金の支給を受けていることが推認されるから、結局、控訴人は、同月一三日から休業補償給付を受けることができるものといわなければならない。

そうだとすれば、被控訴人の本案前の主張は理由がなく、被控訴人のなした本件労働者災害補償保険不支給決定は、そのうち控訴人が右負傷により賃金を受けない日の第四日目である昭和五〇年四月一三日から同月二一日までに係る部分に限り、違法であるといわなければならず、したがつて、控訴人の本訴請求は、右の限度で正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。これと異なる趣旨に出た原判決は、右の限度で取消しを免れない。

三よつて、原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(小堀勇 吉野衛 時岡泰)

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